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タゴッチ博士のShadow Labyrinthトリビア #76.5 -最終回:天の光は全て星-

UPDATE:2026.03.23

■最終回:天の光は全て星■

 

世界観・各種設定・ストーリー監修を担当した夛湖です。
トリビア#0から#76まで、実に77のトリビアを読んでいただきありがとうございました。
振り返ってみると、917日から188日、総テキスト数は約95,000文字、挿絵は約230カット。
もはや「トリビア」という言葉から想像される内容と分量を、明らかに逸脱したものになっていました。
ふつうであれば文庫本1冊分に相当する分量です。

 

よく、ゲームともに創る仲間からも、また読んでいただいた方からも
「こんな大量で複雑な設定をゲーム開発中に考えているのですか?」
と聞かれることがあります。
答えは、イエスです。

 

ただし、そのすべてがゲームの中で語られるかというと、答えはノーになります。
実際にゲームに搭載されるのは、良くて全体の3割。
残りの7割、場合によって9割は、私の脳内のみに置かれたままになるか、未搭載のまま終わるか、あるいは静かに捨てられます。
今回もこのような場がなければ、表に出ることはなかったものがほとんどです。
けれども、それでいいのだとも思っています。
ゲーム体験の中心にあるべきなのは、そのゲームを遊ぶことで何らかの手応えや刺激を得られることだからです。

 

Shadow Labyrinth』のもっとも直接的な体験は、ラビリンスを探索し、敵を撃破していくという、極めてゲーム的な行為です。
そこで描かれるのは、妹が姉に対して抱く劣等感と、その感情と向き合いながら、探索と戦闘を通して自己を承認していくストーリーです。
トリビアの内容を知らずとも、これだけを楽しんでいただければ良いと考えています。

 

ただ一方で、昨今のゲームでは、どこまで深くゲーム体験にダイブするかは、プレイヤーごとに異なるようになりました。
物語の奥に踏み込みたい人、
世界や登場人物の成り立ちまで知りたい人、
何らかの繋がりや連続性を知りたい人、
あるいは、ゲームを遊んでいない時間にまで想像を広げたい人。
そうした、より深いダイブを望む人に向けて、トリビアに書かれた設定は用意されています。

 

ゲームの歴史を振り返ると、初期のゲームにおいては、ゲームプレイそのものがほぼすべてでした。
やがてそれは、よりロジカルなゲームメカニクスへと進化し、視覚や聴覚を刺激する映像、VFX、楽曲、SEが加わり、さらにアウトゲームを含むシステムへと拡張されていきました。
その先で、感情を揺さぶるストーリーやシチュエーション、世界観といったナラティブが加わり、いまやゲーム体験の最深部では、好奇心を刺激し、没入し、納得するための「設定」そのものも、体験の一部になっています。

 

世界観があることで、世界に一貫性が生まれます。
そして一貫性があることで、そこから新しい想像が派生し、ゲームを遊んでいない時間でさえ、その世界に思いを馳せることができる。
本トリビアは、そうした「見えない部分の光」を支えるために用意されたものです。
夜空に見えている光は、わずかにしかありません。けれど、その一つ一つはすべて星であり、その背後には、視界には映らない無数の星が存在しています。

 

Shadow Labyrinth』は、パックマン45周年という節目に、挑戦的な「ダークパックマン」として企画されました。
一方で私は、1994年入社という立場で、ナムコがもっとも眩しく輝いていた80年代の作品群に直接触れ、その熱や思想の残滓が、まだ開発部のあちこちに残っている時代を知っています。
そうした先輩方の仕事や精神を、何らかの形で残すべきだと考え、パックマン45周年への挑戦を、『パックマン』という一作に留まらず、ナムコ70周年へと連なる流れの中で捉えました。
トリビアには書ききれていませんが、『Shadow Labyrinth』の中には、ナムコのオールドタイトルに対する引用やリスペクトが、まだまだささやかな形で数多く織り込まれています。
もしそれらに気づいていただけたなら、これほど嬉しいことはありません。

 

ゲームの中で見えている光も、
その背後にある無数の設定や思考も、
どちらも揃っている方がより楽しめるものだと、私は考えています。

 

そして、この設定と世界観は終わっていません。
形を変え、拡張し、ときに思いがけない連なりを見せながら、またいずれかの作品で唐突に姿を現すかもしれません。
その時を、楽しみにしていてください。
私自身も楽しみにしています。

 

―― 天の光はすべて星 ――

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